ニュージーランドでのヒッチハイク中に出会った人たち(後編)

今から30年近く前の、ニュージーランドでのヒッチハイクで、特に記憶に残ってる人(たち)についてご紹介する記事の後編です。(前編の記事はこちら

※写真はイメージです。
 目次
  • (3)日本で手帳をなくしたおじさん
  • (4)ついに出会った差別
  • (5)最後に乗せてくれた女性
  • まとめ
  • (3)日本で手帳をなくしたおじさん

    ヒッチハイクで車に乗せてもらってからのお決まりの会話というものがあります。

    相手「どこから来たんだ?」
    僕「日本です」

    ここから、いろんな会話が始まります。

    が、その時、僕は思わず相手の顔を見てしまいました。
    乗せてくれたおじさんが、「日本」と聞いた後、一瞬黙ったからです。

    そのおじさんは言いました。
    「若い頃、日本に行ったことがあるんだ」

    僕の英語力だとどこまで正しいか不明ですが、漁業組合的な仕事の研修か何かで、日本に何日間か滞在したと。
    話す様子があまり楽しそうでないのが気になります。

    「日本での日々はいろんなことが新鮮で」
    「その時のことを細かく手帳につけていたけれど・・」

    彼は前を向いて運転しながら吐き出すように言いました。
    「日本を出るときに日記を置き忘れてしまった。それが今でも本当に悔やまれて仕方ない」

    うっかり日本人の僕と出会ってしまったために、後悔する気持ちを思い出してしまったようでした。
    僕は必死に何か言うことはないかと思考を巡らせます。

    (日本に帰ったら探してみます)とでも言おうとしたのが伝わったのでしょう。
    「でも、もういいんだ」とおじさんは言いました。

    「何度もトライしたけどダメだったんだ。下手にもう期待したくない」

    (4)ついに出会った差別

    僕の前で露骨に減速した1台の車が、僕の前を通り過ぎ、少し先に止まりました。
    一瞬期待したけれど、なんだ、僕のために止まってくれたんじゃないのか・・。

    ところが、車は「プップー!」とクラクションを慣らす。
    周りには誰もいないし、車からも誰も降りてきません。

    そのまま立っていると、またクラクション。

    不審に思いながら近づいて車の中を覗くと、4人の若者が乗っていました。
    そして、全員前を向いたままこちらを見ない。

    なんだ、やっぱり関係ないのか・・
    車から離れようとする僕の左側に、突如として車から大声が聞こえてきました。

    最初は何が起こってるのかわからない。
    よくわからない「音」がわんわんと響く。

    それなのに、その「音」は、妙に、痛い。

    やがてじんわりとその「音」が断片的に耳に届き始めた。
    「イエロー!」「ファ●ク!」「ジャップ!」

    ついカッとなり、僕は思わずズボンを握りしめます。

    でもその時頭に浮かんだのは、それまでずっと僕を乗せてくれたいろんな人たちの顔でした。
    そしてスッと冷静になれました。

    こいつらの期待通りになるのは嫌だ。
    僕が怖がったり、怒ったり、はたまた逃げたりして笑いたいんだろう。

    僕は再び車に近づきました。
    そして、にこりと笑いかけた。
    「ごめん、乗せてくれるのかと思ったけど、勘違いだったみたい。じゃ」
    一瞬彼らは黙る。

    車から離れていく僕の背中に、罵詈雑言は再開しました。
    右手はズボンを握りしめたまま、両足はガクガク震えてました。

    (5)最後に乗せてくれた女性

    ※写真はイメージです。

    目的地であった最北端のレインガ岬に到着した時、あいにくのどしゃぶり。
    写真を撮る気にもなれず、乗せてくれてた若いカップルと共に、車から出ることもなくそこを発ちました。

    次なる目的地は、ニュージーランド北島のど真ん中の小さな農場。
    当時、僕が居候していた農家でした。

    もう、乗合バスに乗るくらい気軽にヒッチハイクをしていた僕は、スイスイと陸路を進み、目的地の近くまで。

    左手を突き出していると、1台の車が止まり、中から声がしました。
    「こんなとこで何してんの!」

    1週間に渡るヒッチハイクの最後はなんと、まさに向かってる農家のお母さんでした。
    向こうもビックリしていた。

    ニュージーランドって、日本の8割くらいの国土に、東京都の10分の1くらいの人口しかいない。
    だから、道でバッタリ、というのも実はそれほど不思議ではないのかもしれません。

    まとめ

    ・僕をビビらせるのが目的なのか、とんでもないスピードで山道をすっ飛ばす兄ちゃん。
    ・チクタクと音を立てる機械を後ろの座席に置いてて、「爆弾だよ」とニヤつくおじさん。
    ・めちゃくちゃかわいいモデルのような女の子を二人乗せた、明らかに親子ではないおじさん。
    ・ほんのちょっとの距離だけ乗せてくれた、仕事帰りのおばさん。

    ・・・乗せてくれた車33台。ドライバー一人一人みんな違いました。
    でも、かけてくれる言葉はほとんど同じ。

    「どこいくの?」
    「どこから来たの?」
    「気をつけて」

    そこに住む人たちとの交流が多ければ多いほど、その国のことは嫌いにはなれない。
    多少、差別を受けたとしても。

    「今日の夜、どこで何してるのか不明」という日々は、当時の僕にはココロ踊るものでした。
    今ではもう、とてもできないけれど。

    【PR】


    さいたまのホームページ制作運用定額プラン2x2(ツーバイツー)のご案内


    長尺動画制作パッケージのご案内│新浦和映像