3月、2023年アカデミー賞主要8部門のうち6つを制した「エブエブ」こと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、「インディーズ映画」です。
インディーズ映画は、
・メジャースタジオ(ユニバーサル/ワーナー/ディズニーなど)の制作ではない
・予算が少ない
・作家性が強い
という点が特徴として挙げられます。
エブエブの制作スタジオは2012年に設立されたA24。制作費は約20億円、日本映画の予算感では超大作となりますが、数百億円をかけることもあるメジャースタジオの大作に比べれば少ない予算です。
共同で原作・監督を務めたのはダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビ、通称「ダニエルズ」。
実は彼らは、以前私も通ったニューヨーク・フィルム・アカデミーの高校生用講座のティーチングアシスタントをしていて、その時に一日中映画を撮っている高校生がうらやましくなって二人でショートフィルムを撮り始めたそうです。
ダニエルズ初の共作 ”Swingers”
https://vimeo.com/58574054
作家性
ダニエルズのどの映像作品を見ても、二人が面白がって作っているのが伝わってきます。映像ならこんなことができる、こんな画を見せることができる、映像なら人を笑わせられる、という喜びに溢れています。
初期のショートフィルム “Pockets”
https://vimeo.com/50996114
そして、どの作品にも「手作り感」が感じられます。
デジタル技術に頼らずにアナログな撮影手法を用いる、作れるものは作って実際に撮る、デジタルの視覚効果もやる時は自分たちでやる、そういう姿勢が感じられます。二人が好きな映画作品に挙げている『エターナル・サンシャイン』(2004年)のミシェル・ゴンドリー監督の影響を強く感じます。
エブエブに人を一瞬で消し去ってしまうシーンがありますが、撮影手法としては『月世界旅行』(1902年)のアレと同じです。指がソーセージになるやつは、CGではなく、そういうゴム手袋を着用して撮影しています。
『月世界旅行』は人が煙になって消えますが、エブエブではクラッカーを鳴らしたように、キラキラした紙吹雪になって消えます。「人が消える」という衝撃的な内容に対して、「クラッカーが鳴る」というポップな効果を当てられるのがダニエルズです。通常、数十人からなる視覚効果担当をまとめて一つのスタイルを貫くのは難しく、視覚効果は派手になりがち、似通りがちですが、エブエブの主要スタッフは9人、視覚効果担当は1人。
デジタル技術を用いても、常に監督のディレクションが効いているところが手作り感につながっているのだと思います。
ダニエルズの作家性を生み出したのは、キャリアスタートの頃に手掛けた低予算ミュージックビデオの量産だったと思います。
企画の時点で何度も不採用となり、どうやったら予算内でクライアントを笑わせられるかを二人で考え続けたそうで、彼らは「それは実際的な問題処理みたいな過程で、筋トレのような反復トレーニングだった」と言っています。
「手作り感」は低予算短納期で作り上げるという必要に迫られる中で生まれ、育っていったスタイルなのでしょう。
「マルチバース」へのアンチテーゼ
ミュージックビデオのような短いものでも、しっかりしたストーリーがあるのもダニエルズの特徴。
近年のマルチバースをモチーフにした大作映画は、多元宇宙だからって前提や設定ごと変えて画を楽しませてくれるのですがストーリーの印象は弱い。戦犯は『バタフライ・エフェクト』(2004年)あたりです。
エブエブもマルチバースをモチーフにしていますが、彼らの作品を見ると、結局僕らが感動するのはそのストーリーだと再確認したりします。
制作会社のお手本のよう
ダニエルズは、知恵と工夫で画的なおもしろさを追求しつつ、ストーリーを大事にしてメッセージを伝えているのです。
「私たちは、観ている人を楽しませるため、予算と納期をなんとかしながら、知恵と工夫で画的なおもしろさも追求します」
どこかの地方制作会社のキャッチコピーみたいです。