価格を動かし、より良い未来を作る
ダイナミックプライシングビジネスの最前線②

プロスポーツやショービジネスで広がっているダイナミックプライシング(DP)。人工知能(AI)を活用し、需要に応じて価格を変動させ、最適なチケットの価格を算出、提供するサービスだ。第2回目の今回は引き続き、株式会社ダイナミックプラス営業戦略部、ストラテジストの星野遼太氏(27歳)にDPの今後の課題、そして目指す未来像について聞いた。

すべてがITで完結しない仕組み
導入は段階的に行われるケースがほとんど

──新規顧客を開拓するにあたって、DPに抵抗感を示されることはありますか?

星野 チケット価格の決定にITを入れたくないと言われることはあります。そこはファンの皆様とのコミュニケーションの上、人が決めるべきというご意見です。そうした考え自体は仕方のないこと。ただ私たちがお示しするのは売り上げがベストになる推奨価格です。目指すファンリレーションや、長期的なクラブの経営戦略に基づいた判断で、最終的にはクライアント側が価格を修正して決める例が多くあります。すべてをITで完結する仕組みではないのですが、まだそこまでご理解いただけません。これから私たちが文化を変えていくしかないと考えています。

──文化を変えていくとは具体的にどのようなことでしょうか?

星野 例えばプロ野球で12球団あるうち、将来的に10球団にご利用いただければ、他の2球団もきっと興味を持っていただけるはずです。そのために今はひとつでも多くのクラブに理解してもらうことを目指しています。

──とはいえ、クラブにとって導入に踏み切るには勇気がいるのではないですか?

いきなり全面的に導入していただく例はほぼありません。最初は「お試し」の意味で数試合単位から取り入れ、効果が出た場合に段階的に増やしていくケースがほとんどです。まずは興味を持っていただき、部分的に実施していただくように提案させていただいています。

ファンにどのように見られるかを意識
認知を広げることが課題

──この事業の今後の課題は何だとお考えですか?

星野 一般のファンの方から“価格をつり上げる仕組み”と見られるケースがあることです。毎週、スタジアムに足を運んでいる固定ファンの方にとっては、試合ごとに価格が異なり、しかもそれが上がるケースもあるとなれば、抵抗があることは理解できます。そのためファンの皆様にどう見られるかは常に興行主と話し合い、意識しているところです。

──具体的にはどのように対応していますか?

星野 DPの運用次第で解消できる問題だと考えています。例えばシーズンシートはDPを導入せず、固定の価格とします。そしてDPで売り出すチケットの価格の下限値をシーズンシートの価格と同じにすれば、結果的にシーズンシートが最もお買い得であり、固定ファンの皆様にもメリットが生まれます。DPは非常に使い勝手のいい仕組みですので、こうした対応が可能なのです。

──他にもどんな対応ができますか?

星野 例えばファンクラブ会員のみの先行販売は固定の価格で売り出し、一般発売からDPを導入するケースも可能です。こうすればクライアントにとってはファンクラブへの入会を促せますし、固定の価格で買いたいファンにとってもメリットがあります。また一部の座席のみをDPの対象にしてもいいでしょう。それらはすべてクライアントの方針と考え方次第です。ただこうした事実もまだ一般には知られていません。DPはネガティヴなものではないという認知を広め、ファンの皆様からの理解を得ることがこれからの課題です。

日本のスポーツ業界を海外に負けないものに
今は幅広い領域への興味を持つ

 ──星野さんはなぜDPに興味をもったのでしょうか?

星野 以前はITベンチャーのディー・エヌ・エーに勤務していまして、プロ野球の横浜DeNAベイスターズでも業務を行っていました。そこでDPの可能性を知ったのです。一度は自分自身でDPの事業を立ち上げることも考えましたが、縁あって2019年5月にダイナミックプラスに入社しました。

──DPの可能性とはどんなものですか?

星野 日本のプロ野球は給与水準が低く、スター選手がアメリカに行ってしまう。私自身、野球ファンとしてそれをさみしく思っていました。それに働いているスタッフの給与も相対的に低いのが現状です。収入源の柱のひとつであるチケット販売をDPにより強化できるのではないか。それが実現できれば日本のスポーツ業界を海外に負けないものにできるのではないかと考えました。

──ただ今はスポーツ以外の領域にも少しずつDPを広げていますね。

星野 はい。こうしてDPの業務に携わっていく中で、今はスポーツ以外の分野にも興味が広がっています。例えばタクシーの料金は法律で決められていますが、これが自由化されれば、DPは導入できます。まだクリアしないといけない障壁はいろいろありますが、実現をイメージするとワクワクしますね。

社会的に意義のあるビジネス
価格を柔軟に動かし、よりよい社会へ

 ──御社の強みはどこにありますか?

星野 エンターテインメントのチケット領域では現在、弊社と楽天系列のチケットスター社の2社があります。弊社の強みは株主である「ぴあ」という業界大手のプラットフォーマ―と組んでいることで、事業を多角的に展開しやすい点です。それは今後、さまざまな領域でDPを広げていくうえでプラスになると考えています。

──今、星野さんはどんな領域に興味がありますか?

星野 生鮮食品の小売りは面白いと考えています。ヨーロッパの食料品店では食品の廃棄(フードロス)があるとその店舗の税金が高くなる仕組みがあります。そのため、いかにして値引きして、売りつくすかを常に考えています。日本でもフードロスは社会問題になっていますが、もしDPが小売りで実現できればこの問題も解消できるはずです。その意味で社会的にも意義のある仕事だと考えています。

 ──最後に、この仕事の面白さを教えてください。

星野 よりよい世界を想像できることです。もし電車の運賃にDPが導入されたら、通勤電車の混雑は緩和できるかもしれません。また映画館で多少、見えづらい席でも値段が安ければ、学生時代の自分は絶対に買っていたはずです。弊社の社員はラーメン好きが多く、行列のできる人気店によく行きますが、「高くてもいいから早く食べたい」、「並んでもいいから安く食べたい」などの話が常に出ます。価格はどこにでもついてくるもの。その仕組みを変えていくことで、生活の中の選択肢は増えていき、よりよい社会になるはず。そうしたイメージを持ちながら仕事に取り組んでいます。

価格変動戦略「AIありき」ではないダイナミックプライシングビジネスの最前線①



◇星野遼太

ダイナミックプラス株式会社営業戦略部
州立モンタナ大学卒業:統計学専攻。新卒でJPモルガン証券に入社後、デリバティブのセールストレーディング業務を経て、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。アプリゲームのデータ分析やスポーツ事業のAI案件をリード。2019年5月より、ダイナミックプラス株式会社に参画。



◇取材・文/加藤康博

スポーツライター/ノンフィクションライター
国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。
またスポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。過去に実業団陸上チーム、横浜DeNAランニングクラブやバスケットボールBリーグ、川崎ブレイブサンダースの運営にも参加。現在もスポーツクラブやスポーツブランドのプロモーション事業を手掛ける著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

次回更新予定。
「(仮題)子供向けプログラミング教室潜入取材」

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