「文春野球コラム ペナントレース」に探る、熱狂できるメディアづくり《後編》

実際のプロ野球ペナントレースの仕組みを可能な限り取り入れ、コラム同士が対戦してシーズンの順位を決めるという異質な形態でファンを獲得した野球コラムサイト「文春野球コラム ペナントレース」。
後編では「文春野球コラム ペナントレース」の“コミッショナー”(文春野球の編集長)を務める村瀬秀信氏に話を伺い、サイト立ち上げの経緯やサイトへの思いなどから、ファンに愛されるメディアづくりの秘訣を探った。

贔屓球団以外のコラムも読みたくなる仕組みづくり

「文春野球コラム ペナントレース(以下、文春野球)」が誕生したのは2017年。文藝春秋のメディアサイト「文春オンライン」の立ち上げの際に編集部内で野球コンテンツを作りたいと企画が上がり、創刊編集長の竹田直弘氏からライターの村瀬秀信氏に「何か面白いことができないか」と相談があったことから始まった。

村瀬氏は神奈川県出身のライター・コラムニスト。大洋ホエールズ・横浜DeNAベイスターズの熱狂的なファン。著書『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』はベイスターズファンの聖書と呼ばれているほか、2018年の野球本大賞に選ばれた『止めたバットでツーベース』や『ドラフト最下位』など数々の野球関連の書籍を執筆してきた、日本を代表する野球コラムニストの一人だ。

▲ライターの村瀬秀信氏

「当時僕はNumber Webで『野次馬ライトスタンド』という横浜DeNAベイスターズ偏愛モノの野球コラムを連載していまして、これが12球団分あったら面白いなと考えていました。昔と比べると野球コラムの数が減ってきてしまっていたし、野球コラムの面白さを復興させたいと思っていたんです」(村瀬氏)

そう語る村瀬氏が立てた企画は、12球団分のコラムを実際のペナントレースのように対戦をさせながら掲載するという形式。対戦形式にすれば対戦相手のコラムにも誘導しやすくなり、好きな球団以外のコラムに触れる機会が増える。野球コラム全体に興味を持つきっかけ作りを意識したそうだ。

「スポーツ新聞であればまず紙面全体に目を通し、目に留まれば贔屓球団以外のコラムでもそのまま読みますよね。ところが、インターネットだとタイトルで情報の取捨選択をしてしまい、贔屓球団以外の情報が入ってこない。この状況を打破することが文春野球のテーマでした。

そこで初年度は各球団1人ずつコラムニストを集め、それぞれが月間最大4本までコラムを掲載して、HITの総数で順位を決めるというシステムでスタート。しかし、やっぱり問題もありました。

コラムニストはプロのライターもいれば、ライター未経験のカープ女子もいたりして、どうしても文章を書くスピードに差が出てしまったんです。きっちり月4本書ける人もいれば、2ヶ月に1本書くのがやっとの人もいました。単純に本数を多く書ける人ほど有利になってしまったんです」(村瀬氏)

その後、各球団に監督を立ててその下にライターが所属するという、12個の編集部があるような体制に移行し、ルールも現行の全球団同じ本数を掲載する形式に。定着するまでには紆余曲折があったそうだが、手探りで運営する中で成功への手応えを感じることも多かったそうだ。

「対決の構図を作ることでファンの間にも想像以上に熱が生まれたんです。特に印象的だったのは初年度開幕前にオープン戦としてコラムを掲載したときですね。埼玉西武ライオンズのコラムニストは名物レポーターの中川充四郎氏が担当していたのですが、彼の書いたコラムにとんでもない数のHITがついて、気になって解析してみたら大多数を同じ人が押していたということがあったんです。
その人をSNSで見つけることができたので、どうしてそんなに押したのかをインタビューしてみたところ、『西武ファンとして中川充四郎さんに恥をかかせるわけにはいかない』と。これがきっかけでHITボタンを押せるのは1回までという制限がかかったのですが、想像以上に野球ファンに熱があることに気付かされたんです。贔屓球団のコラムまで応援してくれているのですから。これはきっと上手くいくんじゃないかなと思えましたね」(村瀬氏)

コラムニストにまで波及したメディアの熱量

実際のペナントレース同様にコラムニストたちが対決する構図をメディアに落とし込み、ファンの熱狂を獲得することに成功した文春野球。その熱量はファンの間だけでなく、コラムニストたちの間にも波及していった。

例えば、北海道日本ハムファイターズのコラムニストであり、ラジオパーソナリティの斉藤こずゑ氏は自身の担当番組で文春野球での“登板”を告知。番組宛のメッセージでコラムの感想が送られてくることもあったそうだ。

千葉ロッテマリーンズは本物の球団広報が“文春マリーンズ”の監督を務めているという特権を活かし、なんとシーズン中に選手を起用するというウルトラCをやってのけた。

どのチームもあの手この手で読者を増やし、HIT数を稼ぐことを目指して貪欲に動き、実際にファンを獲得していったことで、結果的に文春野球全体の盛り上がりに繋がっていったのである。

▲元千葉ロッテマリーンズ・鈴木大地選手がシーズン中に寄稿したコラム

こうして文春野球は、立ち上げ時のテーマであった「野球コラムの復興」に大きく貢献することとなったが、コミッショナーの村瀬氏が想像もしていなかった展開も起こっているそうだ。

「プロの書き手たちが戦って野球コラムを盛り上げることを目指していましたが、結果的に書き手を育てる場にもなりました。ファイターズの斉藤こずゑさんは書き仕事がほとんど未経験だったのに、対決の場に何年も身を置くことで原稿が抜群に良くなりましたし、その他にも文春野球をきっかけに他の媒体で書くようになった方がいるとも聞きます。

あとは、僕自身がライターなので、本職のライターがやっぱり強くあってほしいなと思ってはじめた企画でしたが、実際には予測できないことばかりが起きて。よく“フェンスの向こう側とスタンド側”と喩えるのですが、やっぱり取材ができる“向こう側”にいる新聞記者やアナウンサーなどは強い。独自の情報量が圧倒的で面白いですからね。でも、そこに思い入れや観客の目線でコラムを書き上げてしまうような人が戦いを挑んでも、いい勝負になる。完全に異種格闘技ですよね。過去には小学生の娘さんの夏休みの自由研究や、選手の母になりきって手紙を書くなんていうコラムもありましたから(笑)。

対戦の形式でコラムを発表することで、いろいろな表現の野球コラムを読むことができ、

野球の面白さを多角的に見られるようになったのが現在の文春野球の魅力なのかなと思います」(村瀬氏)

▲DeNA・今永投手の母になりきって手紙を書き上げた“問題作”の妄想コラム

2022年のシーズンも全日程が終了し、来年は7年目のシーズンを迎える文春野球。村瀬氏は「一年一年が勝負。正直、もう手詰まりです」と笑うが、文春野球の盛り上がりを受けて、 “文春将棋”こと「観る将棋、読む将棋」というコンテンツも2018年夏から文春オンライン内で掲載され始めた。

ペナントレースのような対決の構図は作っていないものの、読者の盛り上がりが数値で可視化されるシステムは好評な模様。こちらでは文末にHITボタンではなく、代わりに「歩兵」ボタンが設置され、クリックすると「と金」に成るというこだわりも楽しい。

▲観る将棋、読む将棋(文春オンライン)

ただコンテンツを掲載するだけでなく、対決の構図で競争心を煽り、読者を巻き込んで熱狂を巻き起こす。題材が野球やスポーツでなくても、ファンを掴むメディアづくりのヒントが文春野球にありそうだ。

<取材協力>
村瀬秀信(https://twitter.com/h_muran
文春オンライン(https://bunshun.jp/


◇取材・文/野島慎一郎

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