Jリーグ浦和レッズの取材編集歴30年
IT技術発達でがらりと変わった仕事現場

筆者は1992年からJリーグ浦和レッズのオフィシャル・マッチデープログラム(以下MDP)の製作を仕事とし、一貫して取材から編集製作全体に携わってきた。
MDPは、浦和レッズがホームゲームで販売するB5判冊子。「観戦のお供に」という触れ込みだが、中には「闘いの武器」とか「応援の必須アイテム」と位置付けるサポーターもいる。
コロナ禍の今はWeb公開のみで冊子発行が難しい状態が続いているが、MDPの仕事を通じて、情報伝達手段の変化について書いた。/清尾淳

 目次
  • 情報は「知っている人に聞く」のが普通だった
  • 文字原稿はFAXで送っていた
  •  頼みは電話回線、それでも便利だった
  •  デジタル化前は写真の「現像」がネック
  • 校了日に写真をそろえるのが一苦労
  • アウェイでは24時間ラボが頼り
  • デジタル化による恩恵は実に多大
  • 音声入力、オンライン取材
  • 忘れたくない気持ち、退化させたくない癖
  • 情報は「知っている人に聞く」のが普通だった

    浦和レッズスタートの頃の応援風景

    Jリーグが始まった1993年、浦和レッズのホームスタジアムは浦和駅または北浦和駅から徒歩20分の駒場競技場だった。
    当時は毎週水曜日にも試合があって、夜9時半過ぎには試合帰りのサポーターが駅前にあふれる。そのまま帰宅する人もいれば、街へ仲間と飲みに出る人たちもいる。
    その時間は、都内に勤めている人も仕事帰りに軽く一杯やって帰ってくる時間だ。
    試合帰りのサポーターと仕事帰りの市民が混在する駅周辺では、こんな会話が毎週のように交わされていた。

    「きょう、レッズ勝ちましたか?」

    「いや、負けましたよ」(たまに「勝ちました!」)

    市民みんながそんなにレッズの勝敗を気にするはずがない?
    いや、試合に行かなくても気にする市民は多いんです。浦和では。

    そういうことではなく、現在と比べてみて欲しい。
    今はJリーグの結果はスマホで簡単に見られるし、登録しておけば、勝手に送信されてくる。
    試合だって残業しながら、あるいは飲みながらスマホで見ることもできる。
    だが20数年前まで、Jリーグもプロ野球も、結果は家に帰ってスポーツニュースを見るまで、わからなかった。

    文字原稿はFAXで送っていた

    1992年から編集取材に携わってきた

    それではまず、MDPの記事原稿の工程から見ていこう。

    1992年からしばらく、MDPの記事はワープロ(ワード・プロセッサー)で書き、プリントアウトしたものをファクスでデザイン会社に送っていた。

    デザイン会社はファクスを見て原稿を入力する、という工程だった。そして入力した原稿データを印画紙に出力し、それをあらかじめレイアウトしておいた版下用紙に貼り込んでいった。

    記事が貼り込まれた版下のコピーをFAXでクライアントに送り、修正が書き込まれてきた返信FAXに基づいて直し、OKが出るまで、それを繰り返す。

    全部OK(校了)になった版下を印刷会社が引き取り、印刷作業にかかる。だいたいこんな工程だった。

    当時、新聞社によっては自社内でシステムを構築し、記者がワープロで書いた原稿がそのままデータで製作に回され、紙面のレイアウトもディスプレイで行う、というところまでは進んでいたが、会社の外では通用しなかった。

    筆者は個人でニフティサーブに加入しパソコン通信を利用していたので、デザイン会社の担当者にも加入してもらい、原稿入稿だけは通信を使えるようになった。1994年だったと思う。

     頼みは電話回線、それでも便利だった

    モジュラ―ジャック付きの公衆電話を探した

    パソコン通信のネットワークはもっぱら電話回線だった。

    電話回線が引かれていないと通信できないし、固定電話があってもモジュラー化(現在の一般的な方式。LANケーブルのようなプラグを四角いジャックに差し込んで建物の中に惹かれた電話回線と電話機を接続する)されていないとつなげなかった。

    スタジアムでは記者席や記者室にそれぞれのメディア専用の電話が引かれており、筆者はアウェイに行ったときなど、たまに埼玉新聞社の回線を借りることもあったが、新聞記者と違ってスタジアムにいる間に仕事が終わることが少なく、ほとんどホテルに帰ってから送信した。たまに出張先のホテルの電話がモジュラー化されておらず、原稿を送れないこともあった。

    公衆電話からも送信できたが、一般的な緑色の電話ではなくモジュラージャックが付いたデジタル通信用のグレーの公衆電話でなければ不可能だった。これは、外出先からもつなげるので便利だったが、最初は駅などに数台しかなく探すのに苦労した。

    そして当然電話料金がかかるのだが、これで失敗したことが何度かある。

    ニフティサーブはアクセスポイントが全国にあって、浦和にいるときは浦和のアクセスポイントにつながるように設定してある。しかし、たとえば福岡などからふだんの設定のままつなぐと、福岡から浦和に電話しているのと同じで、3~4秒に10円の料金がかかる。ホテルの電話なら高い料金を払うだけで済む。でも公衆電話だと、下手をするとテレホンカードのカウントがゼロになって送信が途中で終わってしまうのだ。

    B5判2ページの原稿を送るのには1分近く要した感覚。浦和以外の地域から送信する場合は、あらかじめ現地のアクセスポイントに設定を変えておかなければ、悲しい目にあった。

     デジタル化前は写真の「現像」がネック

    ずっとレッズの冊子のための取材編集一筋でやってきた

    次に写真。

    埼玉新聞社は、Jリーグ開幕に合わせて移動用のカラー自動現像機と携帯用の電送機を購入。移動用と言っても自動現像機はマルチコピー機ぐらいの大きさで、キャスターはついているが、転がせない場所では最低2人がかりでないと持ち上がらない。電送機はブリーフケースぐらいのものだった。

    高校野球や高校サッカー、インターハイなどスポーツの全国大会なら、大会会場に現像室や電送室を設置していたが、Jリーグの場合は、そういう設備はほとんどなかった。

    横浜とか国立などの近場以外は、この機械を現地に持ち込んで写真を処理していた。車移動のときは車で、新幹線や飛行機移動のときは配送業者に依頼してホテルに送っておく。試合当日、まずホテルにチェックインしてからタクシーで機材をスタジアムに運ぶ。

    プレスルームに機械を持ち込むのが不可というスタジアムの場合は、スタジアムから一番近いホテルに宿を取り、その部屋に機械を設置した。そして2人のカメラマンのうち1人は前半が終わったら撮影したフィルムを持ってホテルに帰り、現像と電送を行う。もう1人のカメラマンは後半を撮影するが、試合開始時間によってはその写真は翌日の新聞に間に合わない。

    自動現像機では一度に2本のフィルムを30分くらいかけて現像。そしてネガをライトテーブルに乗せルーペで見て選んだコマを電送機で本社に送る。トリミングも電送機でできた。

    今はデジタル一眼レフ(ミラーレスかもしれないが)で撮った写真データを、試合が終わってからプレスルームに戻ってパソコンに取り込み、画面上で選びトリミングし、本社にデータを送る。送る写真がほぼ決まっていれば30分もかからない。急ぐときはカメラをパソコンにつないで撮影と同時に取り込み、試合中にデータを送ることもできる。まるで異次元の話だ。

    校了日に写真をそろえるのが一苦労

    北浦和駅前で浦和レッズを盛り上げる”楽隊”(1993年)

    一方で、MDP製作の写真に関する作業はまるで違った。

    MDPは発行日の2日前に校了して、その翌日に印刷。完成品が試合当日の朝、納品される。たとえば土曜日が発行日だとすると木曜日が校了日、つまり締切だ。校了日の朝、その号に使う写真(プリントまたはポジフィルム約80点)を印刷会社が引き取りに来る。

    水曜日の試合の写真選定は夜中の作業になる。

    試合が終わるのが午後9時ごろで、選手への取材を終えて会社に戻ると10時半ごろ。

    約10本の未現像のフィルムを、まず現像しなくてはならない。幸い、市内に某フィルムメーカーのラボ工場があり、24時間対応してくれていたから、そこへ持って行く。何本でも1時間足らずでできる。記事原稿を書いたりすでに現像されているネガを見たりして、キリの良い時間に引き取りに行き、ネガに全部目を通して焼く写真を決める。だいたい多くて30枚ぐらいだ。

    翌朝9時に会社のすぐ近くのインストアラボへ持って行くと40分くらいで焼いてくれる。10時に印刷会社が引き取りに来るまでに整理して渡せるようにしておく。

    校了日は最後の原稿を書くのに頭をだいぶ使うので、なるべく睡眠時間が取れるように水曜日のうちにやらないといけないことだけやって、寝るようにしていた。

    アウェイでは24時間ラボが頼り

    試合後、居酒屋で盛り上がるサポーターたち(1993年)

    水曜日が泊りの必要なアウェイの場合はちょっと違う。

    24時間営業のビジネスコンビニ「キンコーズ(Kinko’s)」を探して、「夜の11時にフィルムを10本持って行くので現像して欲しい」と予約しておく。

    翌朝は、地下鉄の始発時間に間に合うように起きてチェックアウトして荷物を全部持って店に行く。ネガを受け取って店内で選んで焼きを依頼。待ち時間に店内で仕事をさせてもらう。

    写真ができたら駅(また空港)へ行き、始発の新幹線で浦和に帰る。

    朝8時半ごろ東京駅で印刷会社の人と待ち合わせして写真を渡したことも多々あった。

    あるいはネガ選びを帰りの新幹線でやることもある。ライトテーブルがなくても、窓を利用できるから可能だ。そして、いつもの浦和の写真屋さんに焼きを依頼しても間に合う。

    「キンコーズ」が現地になければ仕事は成り立たなかった。

    デジタル化による恩恵は実に多大

    「気がつけばレッズの公式戦に一番行っている人間ではないかな、と思っています」

    「清尾さん、来年からうちもデジタル化します」

    そういう印刷会社からの連絡を受けて2002年の暮れにデジタル一眼レフカメラを購入した。

    2003年からはノートパソコンを使い始め、写真原稿も記事原稿もパソコンで製作してそのまま送信できるようになった。水曜ナイトゲームの後は相変わらず忙しかったが、ラボと会社やホテルを行ったり来たりする必要はなく、新幹線移動の時間も有効に活用できるようになった。

    モバイルWi-Fiを使うようになったから、ホテルや事務所でなくても送信できた。

    ここまでは、主に記事や写真を印刷会社に届けるまでのことを書いてきたが、その後の校正の工程も変化している。

    校正は長くFAXでやりとりしていた。遠征先で作業することもしばしばあり、その場合はホテルにFAXしてもらい、それを受け取って部屋で赤字を入れ、またホテルに送信を依頼するというやり方だった。

    それが10年ほど前から、校正をPDFで送ってもらい、それをコンビニでプリントして赤字を入れ、またコンビニでスキャンしてデザイナーに返送するという作業に変わった。カラーで校正ができるのと、ホテルのフロントを通さなくて良くなったのが嬉しかった。

    音声入力、オンライン取材

    ここ数年でのインターネット技術による恩恵でありがたかったのは、スマホの音声入力機能だ。

    電車や新幹線、飛行機の中なら原稿を書けても、車を運転しているときはさすがに不可能だった。
    だが、音声入力機能を使って原稿を「口述筆記」し、運転中に思いついたアイデアやネタ、ときには長いコラムまで書けるようになった。あとで文字変換や滑舌の悪さから来る誤入力を直す必要があるが、一から書くよりも早いし、直す際に推敲できる。

    今は、選手にも監督にも直接の取材ができない。みんなオンライン取材だ。顔は見えるが、やはり会って話すのとは違うし、じれったい部分が多い。

    しかし「会えない」とも言えるが「会わなくても顔を見て話を聞ける」という言い方もできる。電話取材よりも数段、突っ込んだ内容になる感じはあるので、時間と経費を掛けなくても、いろんな人を取材できる、という便利なツールでもある。

    忘れたくない気持ち、退化させたくない癖

    子どものころ、父親に漢字を聞くとほぼ100パーセント「辞書を引け」と言われた。自分で辞書を引いて覚えることで、忘れなくなるからだ、と指導されていた。

    今すぐ知りたいのに、と恨めしく思ったことをよく思い出す。

    漢字を忘れない努力もそうだが、原稿用紙を使っているときに身に付いていた、文章を頭の中で構築してから書き出す癖もたまには蘇らせないと、パソコンばかり使っていると退化してしまいそうだ。

    生まれたときからインターネットが完備されパソコンがあり、アプリも満ちあふれていた人たちは、いま社会の3分の1くらいを占めているのだろうか。
    ある技術は使えばいいが、その技術の前時代など、博物館に行かないと知ることができないような昔話もたまには聞いていいと思う。

    【清尾淳プロフィル】
    1957年、石川県加賀市塩屋町生まれ。 県立小松高校から一浪の後、中央大学を経て、埼玉新聞社に入社。浦和の住人となる。 新聞社では広告営業、販売促進の業務を担当。在職中、浦和にプロサッカークラブを誘致する活動に携わったことを契機に、1992年のレッズ誕生時から、浦和レッズ・オフィシャル・マッチデー・プログラム(MDP)の編集に従事。 2005年2月、同社を辞めフリーでMDPの製作を請け負い、現在に至る。
    「気がつけばレッズの公式戦に一番行っている人間ではないかな、と思っています」

    Youtube「清尾淳のレッズ話」

    Wepsうち明け話(埼玉縣信用金庫)

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