若きバレーボールアナリストの目指す将来像
数字以外の情報をベンチに伝えたい

前回は、V.LEAGUE DIVISION 1 WOMEN埼玉上尾メディックスの神谷澪氏の話を聞きながら、バレーボールのアナリストの仕事を見てきた。後編ではチームにただひとりの「データのプロ」として働く24歳に、仕事への向き合い方や理想像について話を聞いていく。

こだわりは早さと正確さ
もっと細かな情報の入力を目指す

入団2年目。まだアナリストとして勉強中の身だと話す神谷氏。だが代わりのいないポジションとして責任の重さは自覚しており、仕事にはプロとしてのこだわりも持っている。

「データ入力を正確に行うこと、そして修正作業を早く行うことを常に意識しています。データが正確に打ち込めれば、修正作業が減りますし、早く監督、コーチや選手に次の対戦相手のデータを渡せば、対策を立てる時間も多く取れますので」

毎試合後は試合終了と同時に映像を見ながら、自分の入力したデータを修正。そこから出たスタッツ(統計値)はすぐにpdfにしてまとめ、選手にSNSで送付する。映像もMP4に変換して、選手が持つタブレットに入れることで、遠征時の帰りの移動中に見られるようにしている。選手から個別に映像のリクエストを受ける時にもなるべく早い対応を心がけており、そのことに感謝される時に今はやりがいを感じている。

「他のアナリストの中にはレシーブも体の右側で受けるのか、左側で受けるのかまで入力している人もいますが私はそこまでできていません。その意味でまだまだですし、もっとスキルを上げていかないといけないと思っています」

情報をいかに細かく、いかに正確に入力するか。そのためにはバレーボールを見る目が高いレベルで求められる。単純にPC操作の問題ではなく、競技の専門性とコーチングに関わる部分だ。そこを奥深くまで突き詰められる点がこの仕事の面白さだと神谷氏は話す。

試合会場にはできるだけ足を運び
自分の手でデータを収集する

試合のデータは各チームで共有されているとはいえ、プレーの評価は打ち込むアナリストの主観が入る。それだけに神谷氏はできる限りの試合に足を運び、自分で試合のデータを打ち込むことも心がけている。

「Vリーグとして1日に2試合開催される日は他チーム同士の試合も必ず自分で入力を行いますし、土日開催で自分たちの試合が土曜だけであれば、日曜は必ず他の試合に行っています。自分で入力した方が修正が少なくて済みますし、データも使いやすいからです」

Vリーグの試合に限らず、大学など他のリーグ戦の試合にも積極的に足を運ぶ。選手勧誘のデータとして使われることもあれば、Vリーグのみならず、その下部にあたるチャレンジリーグや大学、高校の上位チームも混ざって毎年5月に行われる「黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会」「天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会」での対戦に向けて使われる。

「使われない場合もありますが、“何かあった時のため”に取っておきたいという気持ちです。実際、監督やコーチに“あの試合のデータある?”と聞かれたときに、“あります”と言えるようにしておきたいですから」

練習ではコート上での手伝いも
修正のないオフは時間の余裕が生まれる

取材に訪れたのは3月中旬。チームはリーグ戦での戦いを終えた後のオフシーズンだ。練習時でもスタンドにビデオカメラを設置し、5秒遅れの映像がコート脇の壁に映るようにセットする。しかしそれが終われば、練習序盤の主な役目はボールを拾ったりと練習のアシスタント役だ。本人曰く「ボール拾い」としてコートを走り回る姿は「アナリスト」のイメージとは少しかけ離れたものだ。だがゲーム形式の練習になると一転。スタンドに上がり、真剣な表情で試合時同様にすべてのプレーをデータとして入力を行う。

「オフでも試合形式の映像とデータは必ず取っています。選手は自分のプレーを振り返ったり、見返したいということも多いので、その際に提供したり、コーチ陣がプレーの見直しを行う際に利用しています」

リーグ戦期間中と違って修正作業がなく、比較的時間に余裕がとれるのがこの時期。だがPCに向わない日はなく、自チームのプレーを打ち込みながら、スキル向上を図っている。

数字以外の情報を
伝えられるアナリストに

アナリストは経験と知識がものをいう世界。神谷氏はVリーグのこのポジションでは最も若い部類に入るが、若さが武器になることはほとんどないという。これから経験を積んでいき、どんなアナリストを目指すのか聞いた。

「自分なりの観点を持ってチームに情報を還元できるようになりたいと思っています。数字だけでなく、スタンドから客観的に見た情報を伝えたいのですが、まだできていません。例えばスパイクの決定率が高くても、打数が多ければその分ミスもしているはず。それがどんなミスなのかなど、数字以外のことを違う目線でベンチに伝えられるよう目指しています」

スパイクを決められた時、ブロックの間を抜かれたのか、その上を打たれたのか。アナリストとして目で見て、伝えられることはまだたくさんある。試合中のインカムでもベンチと言葉でやり取りする機会は少なく、そのコミュニケーションももっとできるようになりたいと話す。

存在が観客やファンの目に触れる機会は少ない。しかしベンチでもし監督やコーチがインカムで話をしているシーンがあれば、その先には間違いなく、アナリストがいる。ベンチの采配や選手のプレーを支える存在として、これからもその重要性は増していくことだろう。

バレーボールの情報戦の主役、アナリストすべての試合に目を通し、対戦相手を丸裸に


◇取材・文/加藤康博
スポーツライター/ノンフィクションライター
国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。
またスポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。過去に実業団陸上チーム、横浜DeNAランニングクラブやバスケットボールBリーグ、川崎ブレイブサンダースの運営にも参加。現在もスポーツクラブやスポーツブランドのプロモーション事業を手掛ける。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

次回更新予定。
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