バレーボールの情報戦の主役、アナリスト
すべての試合に目を通し、対戦相手を丸裸に

多くのビジネスシーンで情報戦略の重要性が増しているが、それはスポーツの世界でも例外ではない。対戦相手のデータを収集し分析する情報戦が勝負の行方に大きな影響を与えている。その中心として働くのがアナリストだ。今回はバレーボールの国内最高峰リーグ2019-20 V.LEAGUE DIVISION 1 WOMENで3位と躍進した埼玉上尾メディックスのアナリスト、神谷澪氏(24歳)にその仕事内容について話を聞いた。

バレーボールでは不可欠な存在
対戦相手を分析するデータの専門家

アナリストは直訳すると分析担当となる。では実際にどんな仕事を行い、どんな役割を果たしているのか。まずはそこから聞いてみることにしよう。
「リーグ期間中は週末に対戦するチームのデータを数試合分集めて、週の早い段階で監督や選手に渡します。内容はスパイクの決定率などのスタッツ(統計値)やプレーの傾向、さらに試合映像をまとめたものです。もちろん相手だけではなく自分たちのデータもチームに還元します。シーズン中はそれが主な仕事です」

主に分析するのは対戦相手のプレーであり、それを基に監督やコーチがチームの戦術を考える。バレーボール界においてデータ分析はなくてはならないものとされており、どのチームにも1名のアナリストが置かれている。神谷氏は大学2年生からアナリストとしての活動をはじめ、入団2年目とキャリアはまだ浅い。だがメディックス加入当初からひとりで責任あるポジションを務めてきた「データのプロ」である。

試合中はスタンドでデータ入力
リアルタイムでベンチに情報を送る

試合時の神谷氏の定位置はスタンドの「ビデオ席」。そこにカメラを設置し、試合を録画しながら、自チームと対戦相手のプレーをノートPCに立ち上げたバレーボール分析専用ソフト「データバレー」に打ち込んでいく。誰がサーブを打ち、それがコートのどの位置に落ちて、どの選手がレシーブし、そしてどのボールが誰に渡ったかだけでなく、選手交代やタイムアウトなども、コート上で起こるあらゆることが記録される。またボールが動いたという事実だけでなく、それが狙い通りのパスなのかの評価、プレーが崩れているかなどの評価も加えていく。プレーはすべてコード化されており、打ち込まれたデータは一見すると数字と記号の羅列だ。
「カメラで録画した映像は『データバレー』の画面に5秒遅れで流れるので、見落としや確認もできます。こうしてプレーの内容や評価を1試合分打ち込むことで、最終的にデータバレーの中で1試合分のサーブやパスの成功率、そして選手ごとにスパイクを打つ方向の分布などの傾向がスタッツとして出せる仕組みになっています」

神谷氏の手元には常にモバイルルーターがあり、試合中でもスタッツはリアルタイムでベンチの監督やコーチが持つタブレットに届く。タイムアウト時に監督やコーチがタブレットの画面を見せながら、選手の指示を与える姿をテレビの中継で見たことがある方も多いだろう。アナリストがプレーを打ち込み、分析した結果を見ながら、相手の傾向や弱点を確認している場面だ。アナリストとベンチはインカムで会話も可能であり、必要に応じて、言葉でのやり取りも行われている。このように試合前のデータ提供だけでなく、試合中も重要な役目を果たしている。

試合データはリーグ全チームで共有
しかしすべての試合を自分目線で修正

アナリストはシーズン中、自分のチームの試合に帯同し、そこでデータ収集と分析を行っている。だが次の試合に向けてのデータ収集も行わなければならないことは先に示した通り。しかしシーズン中は複数の会場で試合が行われているため、ひとりしかいないアナリストが「次」へのデータを集めるのは物理的に困難だ。そのためVリーグでは各チームのアナリスト同士が協力する体制を取っている。
「それぞれに担当する試合を決めていて、取ったデータと映像を共有しているんです。それを基にして、次の試合への準備を進めます。ただアナリストによってプレーの評価が違います。例えばサーブレシーブをセッターに返すプレーひとつでも、セッターの定位置にきれいに返したと考えるアナリストもいれば、すこし定位置からずれたと見るアナリストもいます。そのため、他のアナリストからもらったデータをそのまま使うことはなく、映像を見返しながら、自分で修正します。リーグは12チームあって、週末土日に2試合を違う相手と戦うこともありますので、全試合を修正するのはとても時間がかかります。シーズン中はこの修正作業にほとんどの時間をかけているといってもいいくらいです」

スタッツだけでなく、試合映像もポイントを絞って編集し、ミーティングの場に持ち込まれる。必要に応じて特にマークすべき選手だけのプレーだけを集めた映像も作る。相手の特徴を数字でだけでなく、視覚的にイメージできるようにするためだ。これらはすべて神谷氏がひとりで行っている。

「ネット型」のバレーボールは
アナリストが活躍しやすい競技

今は多くのスポーツでアナリストが導入されているが、競技性の違いもあって、他スポーツや他業種との交流は今のところ、あまり行っていないと神谷氏は話す。
「以前、サッカーをやっている友人が分析をするにあたり、質問を受けたことがありますが、サッカーとバレーボールは競技性が違いますので、共通する部分は少ないかなと思います。サッカーなどの『ゴール型』に比べて、『ネット型』のバレーボールは人数も少なく、コートも狭い。バレーボールも単純なスポーツではありませんが、ボールの動きの規則性もあるので、データの収集のしやすさがあって、分析という行為との相性はいいと思っています」
バレーボールはアナリストが活躍しやすい競技なのだろう。


◇取材・文/加藤康博
スポーツライター/ノンフィクションライター
国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。
またスポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。過去に実業団陸上チーム、横浜DeNAランニングクラブやバスケットボールBリーグ、川崎ブレイブサンダースの運営にも参加。現在もスポーツクラブやスポーツブランドのプロモーション事業を手掛ける。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

4月14日(火)次回更新予定。
「若きバレーボールアナリストの目指す将来像/数字以外の情報をベンチに伝えたい」

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