「文春野球コラム ペナントレース」に探る、熱狂できるメディアづくり《前編》
インターネットを通じて自社製品やサービスを認知してもらうため、オウンドメディア(自社保有メディア)の運用は有効な手段のひとつ。製品やサービスのページだけでは伝えきれないことをコンテンツにして配信することで、SNSなどを通じてコンテンツに触れた読者をファンに変え、さらに顧客・リピーターとして育てることができる。
と、口で言うのは簡単だが、ファンが生まれるほどのメディアを運営するのは一筋縄ではいかない。優良なコンテンツを配信するのは大前提として、メディアのビジョンや方向性も明確になっていないと、読者を惹きつけることは難しい。
今回は製品やサービスを売るオウンドメディアではないが、文藝春秋が運営するニュースサイトの人気野球コラムページ「文春野球コラム ペナントレース」がいかにしてファンを掴んだのか。
仕掛け人のライター・村瀬秀信氏にもインタビューを行った。
コラムニストたちがペナントレースを戦う「文春野球」
文藝春秋が運営するニュースサイト「文春オンライン」に掲載されている「文春野球コラム ペナントレース(以下、文春野球)」が面白い。
筆者の私も今年からコラムニストの一人として参加しているのだが、コラムニストも読者も夢中にさせる仕組みが本当によくできているなと思う。
2017年に文春オンラインの開設とともに立ち上げられた文春野球は、その名の通り文春オンライン上でプロ野球コラムを掲載しているウェブサイトだ。
もちろん、プロ野球のコラムを掲載しているサイトは「Number Web」「Full-Count」「BASEBALL KING」「スポルティーバ」などのスポーツ系メディアをはじめ、スポーツ新聞社のウェブサイトなど、インターネット上に数多に存在している。そして、取材時の熱量が伝わってくるコラムや元スター選手のコラムなど、読み応えのあるコラムもまた数多にある。
だがその中でも文春野球は特にプロ野球ファンからの支持を集めていて、ひとつひとつのコラムだけではなく、文春野球というサイト全体のファンが多いように感じられるのだ。
なぜそこまでサイトにファンがつくのか。それはコラムの掲載方法が独特なことが大きい。
文春野球では、プロ野球12球団それぞれを愛するコラムニストたちがそのまま各チームに振り分けられ、各チームを代表する監督1名がコラムの掲載順を決定。実際のプロ野球の対戦カードに合わせて2チームのコラムが同時に掲載される。
例えば、巨人対阪神の試合がある日だったら、文春野球でも巨人と阪神のコラムが掲載されるという仕組みだ。
そしてコラムは当該チームのものが掲載されるだけではなく、試合形式で掲載されるのが何より面白い。
各コラムの文末には「HITボタン(=いいねボタン的なもの)」が設置されていて、コラムが公開されてから24時間の間にHITボタンが押された回数で試合の勝敗を決定。どんなに大差でも、1HIT差の接戦でも、多かったチームが1勝、少なかったチームが1敗とカウントされる。
このような形式で各チーム年間30試合おこない、その勝敗数に基づいて順位を決めるという“ペナントレース”がプロ野球のペナントレースと同時進行で開催されているのである。
野球ファンの心をくすぐるコラムサイト
私は今シーズンから文春野球の千葉ロッテマリーンズ担当コラムニストの一人として参加させていただいている。今年は計5試合に“登板”したが、いざ当事者になると思っていた以上に白熱してしまった。
試合形式で掲載されるとなるとまず対戦相手が誰なのかが気になるし、対戦相手のコラムの内容もHIT数も当然気になってくる。対戦相手が元プロ野球選手だったこともあったが、そうなると一段と「負けるもんか」と気合が入り、こちらもSNSなどを駆使してたくさんの人に“HITのお願い”をすることになるわけだ。
Webライターとしてかれこれ10年近く活動してきて、書いた記事を紹介することは頻繁にあれど、ここまで数字を気にしたり、読者にお願いをしたことなど経験がない。得票数に追われながらジタバタとあがいていると「もし選挙に立候補したらこんな気分になるのかな」とさえ思えてきた。
その結果、当然だが自分の書いたコラムが勝てばめちゃくちゃ嬉しいし、負けたらすこぶる悔しい。なるべくなら負けたくないから、次回はより面白いコラムを書きたい。記事を納品して終わりでないのが文春野球。きっとそんなコラムニストたちの熱量も読み手を楽しませる要素になっているのだろう。
今シーズン、個人成績では2勝3敗とひとつだけ負け越してしまったが、“文春マリーンズ”は7勝23敗と大きく負け越し。残念ながら順位はパ・リーグ最下位に終わってしまった。
もちろん文春野球のシーズンはこれで終わりではない。プロ野球のペナントレース同様に、レギュラーシーズン終了時の上位3チームはCS(クライマックス・シリーズ)に突入し、セ・パ両のリーグ代表チームを決定。最後は日本シリーズによって日本一のチームを決めるところまで、すべてプロ野球ペナントレースをなぞっているのである。
特に日本シリーズは文春野球上でも盛り上がりが最高潮に到達。
掲載されるコラムはレギュラーシーズン中とは比べ物にならないほど大量のHITを集める“乱打戦”となる。これは読者にとっても文春野球の日本シリーズが一大行事となっていることの証明になるのではないだろうか。
可能な限り実際のプロ野球のシステムを取り入れ、野球ファンたちの心をくすぐり尽くす文春野球。いったいどのようにしてこのような企画が誕生し、書き手だけでなく読み手も熱狂するようなコラムサイトへと成長していったのだろうか。
後編では文春野球の“コミッショナー”(文春野球の編集長)として携わり、企画の仕掛け人でもあるライターの村瀬秀信氏に話を伺った。
◇取材・文/野島慎一郎