酪農支援システム「レポサク」と、開発者大野宏の“旅” 《前編》

スマート農業の一端を担うシステム開発に取り組む大野宏(38)の㈱エゾウィンは、北海道標津郡標津町が本社。妻と子の3人が暮らす自宅と兼ねている。
商業施設も充実し、空港もある隣町の中標津を選ばなかった理由を聞くと、「過疎化が進んでいるほうが面白くなりそう」と答えるところが大野らしい。
標津町は人口5,141人(10月1日現在)の小さな町。「まだ光回線が引かれていないからWiMAXを使っています」とのこと。中標津、別海とともに酪農王国北海道でも屈指のエリアに位置し、乳牛は人口の4倍20,000頭いる。

スマート農業の一端を担うシステム開発に取り組む大野宏(38)

大野が2018年にプロトタイプを開発、3シーズンで実証を重ねた「レポサク」は、2021年に向けて本稼働。サイレージ作りを支援するシステムだ。
主な導入先は、牛の給食センターと言われるTMRセンター。酪農の大型化や人手不足、サイレージの収量と品質低下を背景に生まれた組織で、北海道には約90センターある。JAまたは酪農家たちが設立した会社が運営している。
サイレージは、牧草やコーンを発酵させた飼料で、その品質が牛の健康を大きく左右する。
北海道のTMRセンターは、500~1,000ヘクタール以上の圃場を管理してサイレージを酪農家に届けているのだが、その規模は本州に住む一般の人にはピンと来ないかもしれない。
ちなみに1ヘクタールは10,000㎡、100m×100m。
「レポサク」は、年数回ある「収穫」の作業車両の走行データから、サイレージの品質向上と作業の効率化をサポートする。
大野がシステム検証などで提携しているJA計根別けねべつアクシス(以下アクシス)のTMRセンターでは、年3回の「収穫」がある。牧草収穫は1番草が6月下旬から2週間程度、2番草が9月上旬から10日間程度、デントコーン収穫は10月初旬の1週間程度。その後最低3か月の発酵を経てサイレージが完成する。

 「収穫」の作業改善

作業工程はこうだ。まず草を刈るモアコンが圃場を走る。続いて、ハーベスターが刈り置かれた草を集め並走するダンプに積む。ダンプがバンカーサイロ(以下バンカー)へ運ぶ。バンカーで降ろした草をタイヤショベルが踏む。踏圧作業という。
幅12m長さ60m高さ3mのバンカーを「一本決める」のに1日半かかる。
刈ったまま長時間置かれた草を使ったり、踏圧不足で隙間ができて発酵がうまくいかないなどサイレージ作りはデリケート。大野は「漬け物作りみたいです」と言う。
大野が見せてくれたパソコンの動画には、圃場を行き来する車両とその走行軌跡が早送りで映し出されていた。

「ここを見てください。ハーベスターの牧草を積んだダンプがバンカーに行って戻ってくるまで15分かかっているでしょ。この間、別の圃場では1台のハーベスターに対して3台のダンプが待機している。これが見える化です。車両の連携はオペレーター同士が無線で行うけど簡単ではないんです。日報で『どの圃場から何回バンカーに運搬した』と記録しますが、1日30往復もすれば忘れることも間違うこともあります。
また、どのダンプがどこの圃場の草を何時にバンカーに降ろしたかデータで分かれば、サイレージの仕上がりが悪かった場合の原因を探れる。この辺の草はどの圃場で刈ったものだとか予想がつきます」

車両の動きが一目瞭然

車両のシガーソケットに挿す専用端末にSIMが組み込まれており、取得したGPSのデータがサーバーを経由し、走行軌跡がWEBブラウザで見られるようになっている。
ログイン権があれば、オペレーターのスマホでも、管理者のタブレットやパソコンでも見ることができるから、常に状況を共有でき、翌日の作業計画などを立てやすくなる。
データによる見える化は、車両の連携だけではなくタイヤショベルによる踏圧作業の効率化にも役立つ。

1億レコードのGPSデータを遅滞無く処理

事の始まりは2018年5月。別海町のTMRセンターの人から「手書きの日報をシステム化できないか」と相談を受けて、大野はわずか1ヵ月でプロトタイプを作った。
すると中標津にある道総研(北海道立総合研究機構)の酪農試験場の紹介で、その8月に札幌であった北海道TMRセンター連絡協議会の研修会の場で発表する機会を得た。
そのあと北海道中のTMRセンターをヒヤリングして回った。
2019年1月、酪農試験場の方に今度は、農水省のスマート農業実証プロジェクトを推進するるアクシスを紹介してもらった。
そして、アクシスはじめ複数のセンターの今年の「収穫」での実証結果を持って、今から本格的に販路を広げていく。
「レポサク」の技術的なポイントは、「今どこにいるか」を知らすために現在地点のデータを取るのとは異なっていて、軌跡を引いていくところにある。

「1秒ごとのGPSデータが次々とサーバーに送られる。1億レコード以上のデータを遅延なく処理し表示していく。サーバーの負担がどんどん大きくなってしまうので、負荷を減らす改善を常にしていかなければならないのが大変です」

導入には専用端末を1台5万円で購入してもらい、年間管理費は端末1台3万円。北海道のほとんどのTMRセンターが使う標準ツールとなることを目標としている。

JA計根別アクシスのTMRセンター

旅人半生の転機 オークションサイトeBayとの出会い

中学の時から「旅人になりたかった」という大野の半生は面白い。
道立釧路湖陵高等学校の2年生の時、修学旅行が東京・大阪・京都と知って、大阪は中3で一人旅で行ったことがあったので、修学旅行費が12万円ならそれで沖縄へ行きたいと学校と交渉。教育委員会に諮るまでの騒動になって結局病欠扱いにしてもらい、一人で沖縄旅行へ行った。
高校在学中は、当時スタートしたばかりのヤフーオークションでトレーディングカード(以下トレカ)の販売で月3~4万円の小遣いを稼ぎ、あとは麻雀に明け暮れた。
英語を覚えたら世界を旅できると思って、ニューヨークから北へ車で4時間ぐらいの田舎町のジョンズタウンの短大に入学したのが2001年。

そこでインターネットに出会った。それまではオタクのものと思っていたパソコンだったが、チャットで年齢も国もさまざまな人と知り合い、生き方などについて話した。
海外で流行っていると聞いていたトレカを日本から持って行ったが売れなかった。しかし、オークションサイトeBayに出会ったのが大きかった。
日本から3,000円で仕入れたトレカは30,000円で売れることもあり、多い時は月20万円稼いだ。
その派生で、ホームページを作り、効率良く売るためにプログラムなど学んだ。

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◇取材・文・写真/福田知孝
◇「レポサク」の概要はこちら https://reposaku.com/

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